HACCP(ハサップ)の理解と義務化

HACCP(ハサップ)についての記事を書いていきます。食品製造や飲食業の経営者の方々の理解に繋がればと思います。

HACCPとは何か?

HACCPは「Hazard Analysis and Critical Control Points(危害分析重要管理点)」の略称です。ハサップ、ハセップ、ハシップなどと呼ばれますが、どれも間違いではありません。ここでは、ハサップと呼びたいと思います。このシステムは、食品の安全性を確保するための管理手法です。食品の製造過程における危害を分析し、特に重要な工程を重点的に管理することで、食品の安全性を高めることを目的としています。たとえば、微生物の増殖や化学物質の混入など、食品の安全性を脅かすおそれがある危険を特定し、それを防ぐための管理方法を定めるという考え方です。

HACCPの歴史的背景

HACCPの考え方は、1960年代にアメリカで生まれました。宇宙開発のためにNASAと食品会社のピルズベリー社が共同で、宇宙食の安全を確保するために開発したのが始まりです。当時の宇宙ミッションでの食中毒対策の一環として、安全性が非常に重要視されました。宇宙飛行士が安全に食事をとれるようにするためには、従来の手法よりも徹底した管理が必要だったのです。HACCPは食品による健康リスクをゼロにするための新しいアプローチであり、ピルズベリー社と米軍、NASAが協力して開発されました。その後、HACCPの考え方は一般の食品業界にも拡大していきました。1980年代には、アメリカやヨーロッパを中心に食品業界に広まり、次第に標準化が進みました。また、1990年代には国際的にも広く認識されるようになり、1993年には国際的な食品基準を策定するCODEX(コーデックス)委員会によって、HACCPが食品安全の国際基準として採用されました。

HACCP義務化への道のり

日本において、HACCPが正式に導入されるまでには長い年月がかかりました。1995年、日本はHACCPを食品衛生法に基づくガイドラインとして採用しました。その後、2018年に食品衛生法が改正され、2020年にHACCPに基づく衛生管理が全面的に義務化されました。食品衛生法の改正により新設された許可業種については、3年間の経過措置期間(猶予期間)が設けられていましたが、2024年6月には経過措置期間を終え、HACCPに基づく衛生管理が全面義務化となりました。これにより、すべての食品事業者がHACCPに準じた管理を行うことが求められるようになったのです。この法律改正により、日本の食品業界全体での食品安全に対する意識が向上し、国際レベルにおける信頼性も高まっています。

HACCP制度の定着状況と現状の課題

HACCPは現在、多くの食品製造現場や飲食店で導入されています。しかし、すべての企業で十分に機能しているわけではありません。特に、中小企業では導入コストや知識の不足により、活用が進んでいない場合もあります。具体的な課題としては以下の点が挙げられます。

コストの負担

HACCPの導入には、トレーニングや設備の改善など初期投資が必要です。特に小規模事業者にとっては大きな負担となります。

知識と人材の不足

HACCPを適切に運用するための知識や経験が不足しているケースも多く、人材育成が一つの課題となっています。

管理の煩雑さ

HACCPは非常に体系的で詳細な管理が求められるため、現場に馴染むまでに時間がかかることがあります。

HACCPを現場に活用する重要性

HACCPの導入は、単なるコストや手間ではなく、長期的には企業の信頼を築くための重要な投資です。食品の安全性を向上させることは、お客様の信頼を得るために不可欠であり、それが将来的な利益にもつながります。現場での実践的な活用を進めることで、品質保証の大切さを再認識し、事業のさらなる発展を目指すことができます。HACCPを活用することで、経営者が理解しなければならないのは、「事故が起きてからでは遅い」ということです。それまでにも抑止策を講じることが重要です。特に、「大丈夫だろう」という思い込みが事故の原因となり得るため、常に最新の情報と実践に基づいた管理を心がける必要があります。

具体的な導入事例

HACCPの導入が実際にどのように行われているのか、具体的な事例を見てみましょう。

乳製品工場

乳製品工場において、HACCPを導入することで牛乳や乳製品に対する微生物のリスクを管理しました。特に殺菌温度のモニタリングや冷蔵保存条件を重要管理点(CCP)とすることで、製品安全性を大きく向上させました。具体的な効果として、微生物検査での不合格率が大幅に低下し、リコールのリスクが減少しました。しかし、導入当初は従業員が新たな管理基準を理解し、毎日の業務に適用することは容易ではありませんでした。従業員にとっては、日々の業務に追われる中、新たに追加された管理手順や記録の意味を深く理解することが難しく、教育プログラムの実施に時間を費やしました。特に、パートタイマーやシーズンスタッフなど短期契約の従業員に対する理解の浸透が難しいという課題がありました。

フードサービスチェーン

多店舗展開しているファーストフードチェーンにおいて、HACCPの導入により、全店舗での食材管理や調理の安全性が強化されました。調理温度の厳格な管理と、従業員の手洗いや交差汚染防止の手順が徹底され、食中毒の発生率が低下し、顧客満足度が向上しました。ただし、複数店舗において一貫してHACCPの基準を実施するためには、店舗ごとの従業員に対して継続的なトレーニングが必要でした。特に、アルバイトやパートタイムの従業員に対し、バラツキのない理解を得ることは難しい中、現場での実践を定期的に監督する管理体制の強化が求められました。

水産加工企業

輸出を行う水産加工業者では、HACCPの導入により、加工工程での温度管理や異物混入のリスクを管理し、国際基準を満たす製品を提供できるようになりました。この結果、製品の信頼性が増し、新しい輸出市場の開拓に成功しました。しかし、この分野の従業員は多様な文化背景を持つケースもあり、HACCPの手順を理解し実践するには、言語や教育水準の異なる従業員も含めた教育が必要でした。プロセスが複雑になる加工現場では、従業員が各手順の重要性を深く理解し、正確に実行することが求められ、その習得には時間と継続的な教育が欠かせませんでした。

経営者に向けたメッセージ

食品製造や飲食業の経営者は、HACCPを単なる規制の遵守と考えるのではなく、積極的な競争力向上の手段として捉えることが重要です。HACCPの原則を正しく理解し、組織の文化に根付かせることが、これからの時代において信頼を獲得し続けるための鍵となります。特に経営の視点からは、HACCPを通じて業務の標準化や効率化を図ることも可能です。この取り組みによって、不測の事態を未然に防ぐことができ、長期的にはコスト減や利益の向上につながります。

最終的に、HACCP導入の価値は「トラブルを未然に防ぐ」という体制づくりにあります。この姿勢を全社員が共有し、高品質な製品を提供し続けることが、お客様の信頼を得るための第一歩であり、ひいては事業の安定と成長につながるのです。また、HACCPには経済的なメリットもあります。食品の安全性をプロセス全体で管理することで、品質不具合品のリコールや訴訟といったリスクを削減し、経済的損失を防ぎます。品質保証力の向上だけでなく、生産効率の向上や無駄の削減にもつながります。このようにして、HACCPの導入と定着を通じて、多くの食品企業がより安全で信頼性の高い製品を提供し続けられることを期待しています。それが、経営者として果たすべき役割を今一度考える機会になればと思います。最後までお読み頂き、ありがとうございました。

増田祐一

増田祐一

1980年京都府生まれ。北海道札幌市育ち。現在は神奈川県横浜市在住。

飲料メーカーの製造工場で品質保証業務を10年間経験する中で、品質トラブルをなくすための仕組みの整備と人材育成の重要性を認識する。

得意分野は品質コンサルティング、人材育成および労働衛生コンサルティングによる労働環境改善。

技術士(農業・食品)、労働衛生コンサルタント。

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