従業員が働く職場において、騒音は大きなストレスとなるだけでなく、健康にも影響する重要な問題です。特に食品工場などの製造現場では、大型設備など騒音の発生源が多数存在するため、いかにこれらを制御するかが重要となります。今回は労働衛生コンサルタントとしての視点から、騒音対策について解説したいと思います。
目次
そもそも「騒音」とは何か
騒音とは、単にボリュームが大きい音だけを指す言葉ではありません。労働安全衛生の世界では「働く人が不快に感じたり、仕事の邪魔になったり、健康を損なったりする音」のことを広く騒音と呼んでします。音の強さは「デシベル(dB)」という単位で表されます。数値が大きくなるほど耳への負担は重くなりますが、実は「高い音」か「低い音」かという周波数も、健康への影響を左右する重要な要素です。周波数の単位はヘルツ(Hz)で表されますが、高い音は1秒間の振動数が多く、笛の音や金属の摩擦音のような、鋭い「キーン」という音として聞こえます。一方、低い音は1秒間の振動数が少ない状態で、太鼓の音や機械のうなり、地響きのような「ドンドン」「ゴー」という音として聞こえます。労働衛生の観点では、高い音は「耳(聴力)」を直接的に破壊する影響が強く、低い音は「自律神経や体全体」をじわじわと蝕む影響が強いと言われています。
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大きな音を浴び続けることで起きる健康影響として、騒音性難聴が挙げられます。騒音性難聴は高い音(4,000Hz付近)だけがガクンと聞こえにくくなるのが特徴で、最初は本人が気づかないうちに進行してしまいます。老化による加齢性難聴は最も高い音域から順番に、坂道を下るように少しずつ聞こえにくくなるため、その発生機序が異なると言えます。騒音性難聴では、内耳にある外有毛細胞がダメージを受けてしまいます。機械音などの強烈なエネルギーによって、細胞が物理的に壊されてしまうため、現在の医学では元に戻すことができません。従って、いかに予防的な側面から対策を講じるかが重要となります。定期健康診断では1,000Hzと4,000Hzの聴力診断が義務づけられており、騒音性難聴の早期発見を目的としています。
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騒音はこの他にも、ストレスによる自律神経の乱れや心身の不調など、健康に様々な影響を与えます。無意識のうちにイライラや集中力の低下を招き、交感神経が刺激されることで血圧が上がったり、胃腸の調子が悪くなったり、睡眠の質が落ちることもあります。音が聞き取りにくくなることで周囲の音や警告音が聞こえにくくなるため、例えばフォークリフトとの接触といった重大な事故に繋がる恐れも高まるため、注意が必要です。
騒音リスクの見積もりについて
現場の音が「どれくらい危ないか」を知るためには、定期的なチェックが欠かせません。労働安全衛生法では定期的なチェックの方法として、6か月に1回の「作業環境測定」が義務付けられています。作業環境測定の詳細は別の機会に説明しようと思いますが、一般的にA測定とB測定という測定方法が用いられます。A測定では作業場の床面に縦・横6メートル間隔の網目(グリッド)を描きます。その上で、網目の交わった点すべてにおいて、床から1.2~1.5メートル(作業者の耳の高さ)の騒音レベルを測定します。一方、B測定では作業現場の中でも特に音が大きな箇所について、ピンポイントで騒音レベルを測定します。作業現場における騒音の最大リスクを知ることが目的とも言えます。
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測定には騒音計を用い、測定時間は各ポイントで原則として10分間継続して測定します。音が変動する場合は、その間の平均値(等価騒音レベル)を算出します。一般に市販されている騒音計は、あらかじめ「人間の耳のクセ」に合わせたフィルターがかけられています。これを「A特性」と呼んでいます。人間があまり聞こえない低い音の成分を小さく見積もり、聞こえやすい高い音の成分を重視して計算する補正を行うことで、「人間がどれだけうるさく感じ、どれだけ耳にダメージを受けているか」を正しく表す数値になります。より詳細にリスクを見積もるには個人サンプリングという手法もありますが、ここでは説明を割愛します。
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騒音レベルの作業環境測定結果は、3つの安全レベルに区分します。この3つをそれぞれ「第1管理区分」「第2管理区分」「第3管理区分」と言います。
第1管理区分(安全圏:85デシベル未満)
第1管理区分は85デシベル未満で、今のところ、働く人の健康に大きな影響を与えるリスクが低い状態と言えます。特別な対策を急ぐ必要はありませんが、この良好な状態を維持し続けることが求められます。
第2管理区分(注意圏:85~90デシベル)
第2管理区分は「少しうるさいかな」と感じるレベルで、「騒音性難聴」のリスクが徐々に高まり始めているレベルです。機械の整備や作業方法の工夫によって、音を小さくする努力をしなければなりません。また、必要に応じて耳栓などの使用を推奨する段階です。
第3管理区分(危険圏:90デシベル以上)
第3管理区分の場合、そのまま放置すると働く人が難聴になるリスクが非常に高い、危険な状態と言えます。直ちに騒音の発生源にカバーを設置するなどの防音対策が必要となります。改善が完了するまでは、作業者に必ず耳栓やイヤーマフなどの保護具を使わせる義務があります。
具体的な騒音対策について
対策には「効果が高い順番」があります。耳栓やイヤーマフはいわゆる保護具の着用であり、労働安全衛生法におけるリスク低減の考え方では最も優先順位が下がります。音そのものを小さくできないかを考えるのが最も優先順位の高い考え方となります。
音の発生源を断つ(本質的対策)
音の発生源を断つことが最も効果が高い本質的対策となります。具体的には不要な機械の稼働を止めたり、騒音の出ないプロセスに変更します。また、例えば金属製のパーツを樹脂製に変えたり、衝撃を与える方式を圧入方式に変えるなどの工夫により、騒音の少ない「低騒音型」の機器へ更新します。空気が噴き出すノズルを消音タイプに変えたり、駆動部のベアリングを定期交換して異音を未然に防ぐといった対策も含まれます。
音を閉じ込める・跳ね返さない(工学的対策)
音そのものを小さくできない場合、音が作業者の耳に届くまでの「経路」でブロックする方法を工学的対策といいます。ここでは「遮音」と「吸音」の使い分けが重要になります。遮音は防音カバーにより騒音を発する機械を重い素材の箱で丸ごと囲ったり、防音壁により機械と作業者の間に壁を立てて、直接届く音を遮るなどの方法です。また、吸音は壁や天井にグラスウールなどのスポンジ状の素材を貼り、音が反響して大きくならないようする方法です。
ルールで守る(管理的対策)
設備にお金をかけるだけでなく、働き方のルールを工夫して「浴びる音の総量」を減らすアプローチを管理的対策といいます。「うるさい場所での作業は1日◯時間まで」と決めて交代制にしたり、「ここからは騒音エリア」と明示し、なぜ対策が必要なのかを作業者に理解してもらう啓発活動が挙げられます。また、定期健康診断により耳の聞こえが悪くなっていないかチェックするといった方法です。
身を守る道具(個人用保護具)
上記の対策を行っても、なお基準値(85デシベル以上)を超える場合に、個人用保護具の着用を考えます。個人用保護具とは「耳栓」や「イヤーマフ」を指します。耳栓は耳の穴を直接塞ぐため、正しく装着できれば30デシベル以上の高い低減効果を発揮するものが多いです。また、イヤーマフは耳全体を覆うため安心感がありますが、眼鏡のツルや髪の毛が隙間を作ってしまうと効果が落ちやすく、一般的には20~25デシベルの低減効果を期待できます。これらを併用して対策する方法も考えられますが、個人用保護具を正しく着用し、保護具の特徴をしっかりと理解することが重要となります。
まとめ
製造現場では騒音の発生源が数多くあります。また、日常的に作業をする中で、「こんなものだ」と思い込み、騒音がある環境に慣れてしまうケースもあります。一方で、騒音性難聴は内耳の外有毛細胞の破壊というメカニズムで発症し、一度進行してしまうと元の状態に戻すことができない深刻な問題です。予防的措置を考える上では、作業環境測定によりリスクを正しく見積もり、適切なリスク低減策を講じる必要があります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。当事務所のHPにも是非お越しください。
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