日本全国において、夏場の気温が高い状態が続いています。特に7月から8月にかけては最も暑さが厳しく、適切に対処しなければ命にも関わる危険な状態となるおそれがあります。今回はこれから厳しい暑さを迎えるにあたり、少しでも早めの備えに繋げて頂けるように、熱中症予防対策について詳しく解説しようと思います。
目次
熱中症とは何か
熱中症とは、高温多湿の環境下において体温調節機能がうまく働かなくなり、体内に熱がこもってしまう状態を指します。症状としては段階を経て進行して行きますが、最悪の場合、体温が正常に戻らず死亡することもある病気です(体液バランスおよび体温バランスの破綻)。熱中症は程度の軽いものから、①熱失神、②熱痙攣、③熱疲労、④熱射病と呼ばれています。①熱失神や②熱痙攣はⅠ度、③熱疲労はⅡ度、④熱射病はⅢ度に分類され、症状に応じて適切な処置が必要となります。まず、①熱失神では体温を下げるために皮膚血管が拡張し、脳への血流が一時的に減少します。これにより、立ちくらみを生じる場合があります。②熱痙攣では汗で失われた塩分を補給できず。血中の塩分濃度が低下することにより、こむら返りや筋肉の痛みが生じる場合があります。これらの段階では応急処置と見守りが必要となります。③熱疲労では、脱水が進行して、全身のだるさや集中力の低下が認められます。頭痛、気分の不快、吐き気、嘔吐などの症状が現れます。この段階になると、早期に医療機関を受診する必要があります。④熱射病では体温の上昇のために中枢機能に異常をきたす他、腎臓・肝臓機能障害、血液凝固異常を生じることがあります。高体温、意識障害を伴う症状であり、一刻も早く医療機関を受診し、入院加療が必要な状況です。
熱中症の怖さ
熱中症の怖さは、「いつでも」「どこでも」「誰でも」発症し得ることです。例えば、暑さは人によって感じ方が違うため、気温があまり高くなくても発症することがあります。また、屋外であっても屋内であっても、仮に脱水が進行すれば発症してしまいます。さらに、体液・体温バランスの破綻が原因であるため、大人も子供も、男性も女性も発症するおそれがあります。従って、「誰もが常に」気を付けなければなりません。厚生労働省の統計資料によると、職場における熱中症による死傷者数は、1,257名(2024年)に及びます。うち死者は31名で、特に屋外作業の多い建設業や製造業に多い傾向があります。近年の異常気象に伴う暑さが主原因ではありますが、経営の効率化のために作業に余裕がなかったり、労働者が無理をしがちであったり、高齢労働者の増加など、熱中症が発症しやすくなる社内的環境要因が増えているのも事実です。これからの時代はさらにリスクが高まるおそれがあり、熱中症に対して「正しい知識」を身に着け、「しっかりと備え」なければなりません。
職場における熱中症対策の強化
2025年6月に労働安全衛規則が改正され、職場における熱中症対策が義務化されました。熱中症による死亡災害のほとんどが「初期症状の放置」や「対応の遅れ」であることが背景にあります。職場において熱中症を重篤化させないための適切な対策の実施が必要で、法改正により罰則付きの対策が求められています。具体的には、熱中症の重篤化を防止するための「体制整備」「手順作成」「関係者の周知」が事業者に義務付けられました。また、これらを推進するにあたり、熱中症予防管理者の選任が必要となります。熱中症の発症要因には「高温多湿な環境」がありますが、実はこれだけではありません。職場において身体負荷が高い活動や、暑さに順化(暑熱順化)していないことも要因となります。これら熱中症の発症リスクを見える化するための管理手段として、WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)があります。日本語では湿球乾球温度と呼び、暑熱環境における熱ストレスの評価をおこなう
暑さ指数です。この指標は世界的に使用されており、熱中症発症リスクを1つの単位で総合的に表せるのが特徴です。
WBGTの算出方法
WBGTを気温と湿度だけで捉えている方も多いかもしれませんが、日射がある場合とない場合で算出方法が異なります。日射がある場合、「WBGT=0.7×自然湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度」、日射がない場合、「WBGT=0.7×自然湿球温度+0.3×黒球温度」となります。また、服装や運動負荷、暑熱順化の有無によってもWBGTの値が変わるのが重要なポイントです。特に暑さへの慣れ、すなわち汗をかきやすい身体になることを意味する暑熱順化までには2週間ほどかけて、徐々に身体を慣らす必要があります。また、暑熱順化は数日間休むだけで効果がゼロになるのも特徴です。従って、例えば入社したての新人や長期休暇明けの労働者には特に注意が必要となります。
食品製造業における熱中症リスク
食品製造業では、まず環境要因として、加熱調理工程からの強烈な輻射熱や蒸気による高湿度、冷房が効きづらい広い空間といった条件が揃います。次に作業要因として、重量物の運搬や立ちっぱなしのライン作業などの重労働が多く、交替要員が限られることで連続作業になりやすく、水分補給のために手を止めにくいという構造的な問題もあります。さらに、服装面では異物混入防止のための密閉性が高い作業服、帽子、マスク、手袋、防水エプロンの着用が求められ、特に防水エプロンや不透湿性のつなぎを着ている場合は体感的なWBGTは実際の測定値より4~11℃も高く評価すべきともされています。標準的な作業服と比べて格段にリスクが高く、食品工場は数字以上に危険度を認識し対策する必要があります。事業場ごとに熱中症予防管理者を選任した上で、異常発見時の連絡体制・応急処置・搬送手順を明確に定めた緊急対応手順書を作成し全従業員に周知すること。また、報告体制や職場巡視を含む対策体制を整備することが求められます。経営者や工場長は、熱中症対策が「できればやる」努力目標ではなく、「やらなければならない」法的義務のフェーズに入ったことを明確に認識する必要があります。
熱中症のリスクアセスメント
この高いリスクを適切に管理するためには、「気温が何度だから危険だ」といった感覚的な判断ではなく、国際的な熱中症予防の基準である暑さ指数WBGTの活用が不可欠です。まず行うべきは、どの工程が暑く、どの作業がハードなのかを洗い出すハザードの特定であり、例えばフライヤー前、ボイラー室、殺菌・洗浄室、積み込み作業など、暑熱が疑われるポイントを網羅的にリストアップします。次に、JIS規格に適合したWBGT指数計を用いて、代表的な場所と時間帯で実測を行い、そのうえで補正をかけます。補正には、階段昇降や重量物運搬といった身体作業強度に応じて基準を厳しく見ることと、不透湿性エプロンや防水前掛け、不透湿性つなぎなど食品工場特有の被服による負荷を考慮し、実測WBGTに4~11℃を加算して評価することが含まれます。こうして算出したWBGTに基づき、「注意」「警戒」「危険」といったレベルを判定し、そのレベルごとに許容される作業時間、必要な休憩頻度、水分・塩分補給のタイミングを明確にルール化することが、実効性あるリスクアセスメントになります。
熱中症の予防対策
対策にあたっては、「労働衛生の5管理」の考え方が有効になります。その中でも、作業環境管理、作業管理、健康管理の3つが中核です。作業環境管理としては、まず釜やオーブン、フライヤーの周囲に遮熱板を設置して輻射熱が直接作業者に当たらないようにし、局所排気フード等で熱気を効率的に排出します。また、スポットクーラーの効果的な配置や換気扇・排気ダクトの能力を見直し、空調設備を「人がいる場所」と「熱がこもる場所」の両面から最適化することが求められます。さらに、24~26℃程度に温度設定された冷房完備の休憩室を整備し、動線や座席数を見直して「行きやすく、使いやすい」休憩環境を作ることが重要です。作業管理の面では、暑熱順化、すなわち暑さに体が慣れるまでには約2週間を要することを前提に、新入社員や派遣社員、長期休暇明けの社員に対し、最初の数日は作業時間を短縮し、こまめに休憩を入れ、重い工程には段階的に配置する配慮が不可欠です。また、1日の中で最も暑い時間帯に重労働が集中しないよう作業スケジュールを工夫し、交替要員を確保して連続作業を避けます。水分・塩分補給については、「喉が渇いたら飲む」では遅く、30分ごとにコップ1杯(約200ml)の水分を目安とし、汗で失われる塩分も補えるスポーツドリンクや経口補水液を基本とすることがポイントです。ライン近くに飲料を常備し、「いつでも飲める」状態を制度と環境の両方で担保し、WBGTレベルに応じた休憩・水分補給のルールを見える化したうえで、監督者の声掛けによって確実に実行させることが、経営の責任となります。
熱中症ゼロを目指す経営戦略
このように食品工場のような過酷環境下では、熱中症に対するリスクとともに従業員の体力面の負荷が増え、職場に対する不満が高まります。これが離職の原因となることも少なくありません。従業員が毎日過ごす時間をいかに安全安心で心地良いものにするには、経営者が熱中症リスクに意識を向け、対策へのマインドを高めることが重要です。始業前のチェックにおいて睡眠不足、朝食未摂取、二日酔いなどがないか、朝礼や点呼時に管理者が一人一人の顔色や様子、受け答えを観察し、少しでも異変があれば配置転換や作業負荷の軽減といった措置を講じることが必要です。ウェアラブルデバイスなどによる心拍数や体表温のモニタリングを導入し、異常値検知時に管理者へアラートが届くような体制を整えることも対策として有用です。また、従業員教育も重要です。「のどが渇く前に飲む」「軽いめまいでも必ず申告する」といった行動変容を目的とした研修を毎年実施し、過去のヒヤリハットや近隣工場の事例を題材に、なぜ申告が遅れたのか、どうすべきだったのかを議論させることで、“自分ごと”として理解させることが大切です。
緊急時の対応
万一倒れた場合の緊急対応については、「返事がおかしい」「ぼーっとしている」「ふらつく」といった初期兆候を周囲が見逃さないことが第一であり、意識がある場合には直ちに冷房の効いた場所へ移動させ、衣服を緩めて体を冷やしながら、スポーツドリンクや経口補水液を少しずつ飲ませます。意識がない場合や自力で飲めない場合には、ためらわず119番通報し、到着までの間、霧吹きで全身に水をかけたり濡れタオルを当てて扇風機で風を送り、首やわきの下、太ももの付け根などを集中的に冷却する「水かけ全身冷却」を行います。こうした手順は文書に落とし込み、工場内に掲示し、年1回以上の訓練で実際に体を動かして確認しておくことで、初めて有効に機能します。
おわりに
食品工場における熱中症対策は、従業員の命と健康を守る安全管理であると同時に、安定した生産ラインを維持し、品質を確保し、企業ブランドを守るための経営戦略でもあります。熱中症による離脱が増えれば、人員補充や教育コスト、残業増による疲労蓄積、納期遅延や品質事故のリスクが一気に高まり、結果として大きな経営ダメージとなりかねません。「暑い夏は必ずやってくる」という前提に立ち、4月を準備期間としてWBGTの測定や設備・ルールの見直し、5月には暑熱順化の計画と教育・訓練を済ませ、6月以降は実運用と継続的な改善に移る年間サイクルを構築することが、経営者・工場長に求められる役割です。2025年6月から熱中症対策は法的義務として問われている中、それを単なるコンプライアンス対応と捉えるのではなく、「熱中症ゼロ工場」を掲げて先手を打つ姿勢こそが、人材確保や取引先からの信頼にもつながる長期的な投資だと言えるのではないでしょうか。当記事が熱中症予防対策の一助となれば幸いです。
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