食品工場で生産した製品は、さまざまな分析機器を用いて検査されます。これらの分析機器の特徴や原理原則を理解することは、品質保証をおこなう上で重要です。すなわち、分析機器を用いて得られた結果がどのような意味を持つのか、万が一異常値が出た場合にその原因は何故なのかなど、原理原則の理解は結果の考察になくてはならないものです。本記事では、食品工場における品質保証に不可欠な分析機器について、特徴や原理を詳しく解説したいと思います。
食品工場の代表的な分析機器
食品工場の代表的な分析機器として、pHメーター、総酸計、Brix計、硬度計、TOC分析装置、導電率計などが挙げられます。いずれも食品の化学的な性質を測定し、品質を評価するためのツールになります。
pHメーター
pHメーターは、水溶液の酸性度やアルカリ性の度合いを示すpH値を測定する装置です。食品の品質保証においては、pHは非常に重要な役割を果たしています。例えば、多くの微生物は特定のpH範囲でしか生育できません。食品のpHを適切に管理することで、食中毒の原因となる微生物の増殖を抑えることができます。また、食品の味は、pHによって大きく変化します。柑橘類の酸味やチーズの風味はpHによって決まるとも言われています。さらに、pHの変化は食品の色素に影響を与え、食品の色を変化させることがあります。ビタミンやミネラルの安定性にも影響するため、栄養価の保持にはpHの管理が不可欠です。食品のゲル化や凝固にも影響するため、pHにより食感に変化をもたらすこともあります。
pHメーターの最大の特徴は、その高い精度と簡便性です。特殊なガラス電極を溶液に浸すだけで、数秒から数分でpH値を測定することができます。現代のpHメーターは、温度補正機能や自動校正機能など、様々な機能を搭載しており、より正確な測定を可能にしています。pHメーターの測定原理は、ガラス電極法と呼ばれる方法に基づいています。ガラス電極の先端には、水素イオン(H⁺)に敏感な特殊なガラス膜があり、溶液中の水素イオン濃度に応じて電位差が生じます。この電位差を測定し、事前に作成された校正曲線と照らし合わせることで、溶液のpH値を算出します。pHメーターは、その高い精度と簡便性から、食品以外の様々な分野で活用されていますが、いくつかの注意点があります。例えば、pHは温度によって変化するため、温度補正を行う必要があります。また、正確な分析のためには電極のメンテナンスが重要になります。
総酸計
総酸計は、食品や飲料に含まれる酸の総量を測定する装置です。総酸量は食品の酸味を決定する主要な要素であり、例えば柑橘類の爽やかな酸味や乳製品のコクのある酸味は、総酸量によって大きく左右されます。また、総酸量が多い食品は微生物の増殖を抑える効果があり、保存性を高めることができます。さらに、一部の有機酸は食品の酸化を抑制する効果を持つと言われています。
総酸測定は一般的に中和滴定法でおこないます。すなわち、試料に含まれる酸をアルカリ性の標準液(通常は水酸化ナトリウム水溶液)で中和し、中和点での色の変化を観察することで、消費されたアルカリ液の量から酸の量を算出します。この際にはフェノールフタレインなどの指示薬を用い、中和点では色が透明から薄ピンク色に変化します。総酸計は簡便性と迅速性が特徴です。試料に指示薬を加え、標準液を滴下するだけで測定が完了するため、現場での迅速な評価に適しています。近年では自動滴定機能や温度補正機能を搭載した機種もあり、より正確な測定が可能となっています。一方、試料の種類や酸の種類によっては、適切な指示薬や標準液を選択する必要があります。また、温度や大気中の二酸化炭素の影響を受けるため、注意が必要です。例えば、試料を密閉容器に入れて保存・運搬することで大気との接触を最小限に抑えること、測定時も密閉容器から試料を直接ピペットで採取することで空気との接触を避けるなどの対策が挙げられます。測定容器内を窒素ガスで置換することも有用です。
Brix計
Brix計は、液体の糖度を測定する装置です。Brixとは、100gの溶液中に含まれる糖分のグラム数を表し、液体の濃度を示す指標です。Brixが高ければ高いほど、食品は甘く感じられます。果物であれば完熟度を示す指標となり、Brixの高いフルーツは甘くジューシーな味わいとなります。また、Brixが適正な範囲であれば酸味とのバランスが良く、複雑で豊かな風味を生みだす役割もあります。糖分は食品の食感にも影響します。ジャムやゼリーなど糖分が多い食品は粘度が高くなり、独特の食感を生み出します。さらに、Brixが高い場合は微生物の増殖を抑える効果があり、食品の保存性を高めることがあります。
Brix計は、光の屈折率を利用して測定します。糖分濃度が高いほど、液体の屈折率も高くなるという原理に基づいています。測定したい液体をプリズムに滴下し、光を当てるとその光が液体の界面で屈折します。この屈折角を測定することで、液体の糖度をBrix値として読み取ります。Brix計は、その簡便性と迅速さが特徴です。プリズムに液体を滴下し、光を当てるだけで数秒で測定が完了するため、現場での迅速な評価に適しています。また、現代のBrix計は、温度補正機能を搭載しているものが多く、より正確な測定が可能です。一方で、液体の粘度が高い場合や、気泡や不純物が含まれている場合は、測定値に誤差が生じる可能性があるため、注意が必要です。
総硬度計
総硬度計は、水中のカルシウムイオンとマグネシウムイオンの量を合計して、水の硬度を測定する装置です。一般的に、総硬度が高い水を硬水、低い水を軟水と呼びます。総硬度は食感や香味に影響することが知られています。例えば、硬水で野菜を茹でると、カルシウムイオンが野菜の細胞壁と結合し、硬く仕上がることがあります。一方、軟水では細胞壁が壊れやすく、煮崩れしやすくなる傾向があります。他には、硬水で豆を煮るとアクが出にくく、煮崩れしにくいと言われています。麺を茹でる場合、水に含まれるミネラル成分は麺の食感に影響を与え、硬水の場合は麺にコシを出す効果があると言われています。香味に対しては、硬水で淹れたお茶は、渋みが強く感じられることがあります。また、硬水で淹れたコーヒーは、苦味が強く感じられることがあります。
総硬度測定の原理は、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)滴定法が最も一般的です。EDTAは、カルシウムイオンやマグネシウムイオンと強く結合する物質(キレート錯体を生成)で、試料水にEDTA溶液を滴下していくと、これらのイオンと結合し、指示薬が赤色から青色に変化します。この色の変化点から消費されたEDTAの量を算出し、それによって水中のカルシウムイオンとマグネシウムイオンの総量、つまり総硬度を求めます。総硬度計は、簡便性と迅速性が特徴です。試薬を添加し、色の変化を観察するだけで測定できるため、現場での迅速な評価に適しています。また、自動温度補正機能や自動校正機能を搭載した機種もあり、より正確な測定が可能です。一方、試薬の種類や濃度、測定温度によって測定結果が変化するため、標準的な操作手順をしっかりと確認して従うことが重要です。また、水中に鉄イオンや銅イオンなどの他の金属イオンが含まれている場合、測定結果に影響を与える可能性があるため注意が必要です。
TOC分析装置
TOC分析装置は、水中に含まれる有機物の総量を測定する装置です。TOCとはTotal Organic Carbonの略で、全有機体炭素を意味します。一般的にTOCが高い場合、有機物が多く含まれていることを意味します。したがって、微生物汚染のリスクを考えた場合には、微生物の繁殖に適した環境である可能性があります。食品に微生物が混入して増殖すると、食中毒や腐敗の原因となります。また、製造工程での洗浄が不十分な場合、食品残渣や洗浄剤などが製品に混入しTOC値が上昇します。このような異物混入がないかの確認のためにTOCを分析することもあります。有機物の中には、食品の風味を損なうものも含まれています。TOCが高い食品は、異臭や異味が発生する可能性があります。さらに、一部の有機物は食品の変色を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
TOCは試料中の有機物を酸化分解し、発生する二酸化炭素の量を測定することで定量します。すなわち、有機物は炭素を骨格として持つため、酸化分解によって発生する二酸化炭素の量は、試料中の有機物量に比例します。測定方法は大きく分けて、燃焼酸化法と湿式酸化法の2つがあります。燃焼酸化法は、試料を高温で燃焼させ、発生した二酸化炭素を赤外線吸収法で検出します。湿式酸化法は、過硫酸塩などの酸化剤を用いて有機物を化学的に酸化し、発生した二酸化炭素を検出します。湿式酸化法は、揮発性有機物を損失しにくいという特徴があります。TOC分析装置は、高感度(ppbレベル)で微量の有機物を検出でき、自動化された装置が多く操作が簡単です。液体だけでなく、固体や気体の試料にも対応できます。一方、装置内部の汚れや詰まりは測定値に影響を与えるため、定期的な清掃やメンテナンスが重要になります。
導電率計
導電率計は、水溶液が電気を通しやすい度合い、つまり導電率を測定することで水溶液中のイオン濃度を間接的に測る装置です。食品中の塩分は、主にナトリウムイオンと塩化物イオンから構成されており、これらのイオンは導電率に大きく影響します。そのため、導電率を測定することで、食品の塩分濃度を推定することができます。これは、塩分制限が必要な食品や、塩分の多い食品の品質管理に役立ちます。また、果物や野菜の熟度が進むにつれて、糖分や有機酸の量が増加し、これらもイオンとして溶液中に存在するため、導電率が変化します。この変化を測定することで、熟度の評価を行うことができます。食品が腐敗したり変質したりすると、微生物の増殖によって様々な物質が生成され、導電率が変化することもあります。この変化を測定することで、食品の鮮度を評価することができます。さらに、食品に添加される塩類や酸などの添加物は、導電率に影響を与えます。そのため、導電率を測定することで、添加物の有無や量を推定することができます。
導電率計は、2つの電極を水溶液に浸し、電圧をかけて電流を流すことで測定を行います。水溶液中のイオンが電荷を運び、この電流の大きさを測定することで導電率を求めます。導電率は、電極間の距離、面積、および測定された抵抗値から計算されます。簡便性、迅速性、非破壊検査といった特徴を持つため様々な分野で利用されています。一方で、電極表面に汚れが付着すると測定値に誤差が生じるため、定期的に超純水などで洗浄し、必要に応じて研磨剤で研磨するなどのメンテナンスが重要となります。
まとめ
食品工場ではさまざまな分析機器を用いて製品の品質をチェックしています。一方で、これらの分析機器をただ使うだけでなく、その原理原則をしっかり理解することで、得られた結果がもとに正しい解釈をして、正しくアクションすることができます。例えば異常値が出た場合、それが分析機器の不調によるものなのか、本当に異常値が出ているかの確認や判断が必要になります。分析機器をツールとして使いことなすことが、安全安心な製品品質の保証のために求められることです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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